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1章 3

Author: 深田あり
last update publish date: 2026-04-21 21:00:00

 俺はひくひくと眉をひそめる。

「……自分で悪霊って言っちゃうんだ。で? 俺に何して欲しいの?」

「はい! 私八島くんに踏まれて壊されちゃったのでまずそれを修理して欲しいです!」

 まあ確かに踏んで壊したのだから、その意見そのものは至極まっとうである。

 ただし、それはあくまで意見それ自体の話である。

「俺イヤホンなんか直せない」

 そう、はっきり言って俺は手先が不器用だ。電子機器の工作なぞしたことがない。

 自分で言うのもなんだが本当につまらない人間なのである。

 何の特技もなく、何の取り柄もなく、何を思うわけでもなく。

 でも、それを知っているからこそ身分相応にただ黙って生きてきたし、多分これからもそうなのだ。

 それを、アコは否定しているわけで。

 一体どうしろというのでしょう。

 そんなことを悩んでいると、アコは何てことのないようにこう言い放つ。

「イヤホン専門店で直してくれますよ。数千円で」

「……高いね。で、それで成仏してくれるの?」

「いいえ」

「なんでだよ!」

 意味ねーじゃねえか!

 するとアコは俺の手を握り、妙に真剣な顔つきでじっと見つめてきたではないか。

「だって八島くん、せっかくお姉さんに買って貰ったのに全然使ってくれる気配がないじゃないですか。欲求不満なんですよ、私」

 昨日の今日で使えってか? どんだけせっかちな悪霊だよ。

 俺は頭をぼりぼりと掻きながら視線を逸らし、少しだけ申し訳なさを込めながら。

「使ってって言われても……俺あんまイヤホンとか使わないし」

「ええ!? 私こう見えても八万五千円もするんですよ!?」

 仰天。

「はぁ!? なんでたかがイヤホンがそんなにするんだよ!?」

「だって私、一磁極性バランスドアーマチュア型シングルBAイヤホンのフラグシップモデルですし」

「…………」

 何言ってるのかさっぱりわからん。

 目をぱちくりさせている俺を見つめながら、アコは眉間に少し皺を寄せながら高らかにとんでもないことを口にする。

「それにたかがと言いましたけど、他社さんのフラグシップはもっと高いですよ」

「……十万くらい?」

 俺は恐る恐る言った。

「今市場にあるやつで一番高いのは百万円です」

 十倍だった。

「そんな馬鹿な! たかがイヤホンだぜ!?」 「たかがじゃないですよ! いいイヤホンは高いんです! 私はフラグシップの中では安いくらいなんです! リーズナブルなんですよ、リーズナブル!」

「八万五千円でリーズナブルとかわけわかんねえ!」

 イヤホンなんて百均にいくらでもあるじゃねえか! 高いっつっても三千円くらいだと思ってたら、なんだそのふざけた価格設定は!

 って、冗談に決まってるよな、常識的に考えて。ありえないって六十万円なんて、乗せられた俺がバカだった。

「嘘々。サバ読んだってダメだって」

 俺は手を振りながらハハ、と呆れを込めながら笑い飛ばす。

「そんなことないですって。あ、スマホ借りますね」

「…………」

 俺の了承も取らずに机の上から勝手にひったくりやがった。

「…………」

 アコが俺のスマホをいじっている。

「…………」

 アコが俺のスマホをいじっている。

「……ロックが解除できません」

 当たり前じゃねーか!

「はあ……で、何がしたいの?」  三度目のため息をつきながら、弱々しく訊ねた。

 窓の外からはちゅんちゅんと小鳥の啼く声が聞こえてきて、ああ、平和だなあ、とそんなどうでもいいことが思い浮かぶ。部屋暗いな。電気つけようかな。

 するとアコはずいっとスマホを突き出してきた。俺に操作しろというのか。

「ブラウザを開いてください。イヤホン専門店のサイトを」

「……はい。で?」

 俺はスマホを受け取ると、仕方なくアコの言われたとおりに操作した。

「値段を高い順に並べ替えてみてください」

「はいはいって……うげっ!」

 俺の口から変な声が漏れる。

 それを見て、アコは何故か勝ち誇ったように胸を張り、流し目で見つめてきて、ぽんと俺の背中を叩いた。

「ね? 高いでしょ?」

 マジだった。

 百万は一つしかないが、その下にも七十万、六十万、四十万、三十万のイヤホンが何十と存在し、画面いっぱいを埋め尽くして居るではないか。

「誰が買うんだよこれ!?」

「オーオタの方々が」

「…………」

 ちらりと画面に視線を戻す。なるほど、商品にはレビューがあった。それも一つや二つではない。

 頭の中に「バカじゃね?」という言葉が浮かんだが、それを口に出すのをぐっと堪え、

「音いいの?」

 とだけ訊ねた。

 アコはふふんと鼻息を荒くしながら答える。

「新しい世界が見えます」

「…………」

「ただ、今の八島くんの環境だとダメですね。ちゃんとしたDAPと、出来ればアンプもつけて欲しいです。音源は勿論ハイレゾで。八島くんもこれからオーオタになるんですから」

「…………」

 勝手に俺の未来決められちゃいましたよ奥さん。

そもそもDAPって何よ? さっきも言ってたけど。アンプはまあわかるけど。

 そんな俺の疑問をよそに、アコは高らかに宣言する。

「さ、というわけで、まず私を直して、それから色々買いましょう! そしたら私、成仏できる気がします! あ、勿論毎日聴いてくださいねっ♪」

 彼女の言葉を受け、俺は悩み、悩みに悩み、この結論に達した。

「……お断りします」

「は!? 何故ですか!?」

「いや、何故って……」

 言わなきゃわかんねーのかよ。

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